生きる意味がわからない人へ、ぼっち陰キャラが人生に生きる意味を見つけた話

生きる意味がわからなかった

生きる意味がわからない

自分は一体何のために生まれてきたのだろう

不安に駆られた時期はあった

だって、授業とかでも教わらなかったし
親も友達も先生も

はっきりとした答えはくれなかった

人生の中で見つけていくものだよ

とか

自分で見つけてこそ意味があるよ

とか言われたけど

答えを見つける前に
僕の人生に対するエネルギーが尽きてしまう

そう思って、僕自身、生きる意味を見つける旅をした

生きる意味なんて無くていいは嘘

生きる意味なんて無くていい

毎日をそれなりに楽しく生きればいいじゃん

そんな意見を鵜呑みにしたこともあった

確かに、一日一日をゆったりと楽しく生きることができれば
そんな深く考えなくてもいい

という意見もあるかもしれないけど

それだと

普段は楽しくても

人生の重要な決断を下すときに
ぶれてしまう

例えば、会社が倒産するとか

パートナーが別れを切り出してきたとか

はたまた大チャンスが訪れることもある

転勤先が超魅力的だけど
今の土地を離れなければいけないとかね

そんな重要な決断

人生を左右するような決断をするときに
自分の人生の生きる意味に立ち返れないと

決断できずに、悩み込んでしまう

生きる意味を見つけることは
人生を真摯に生きることにつながり

人間に強い力を与えるので
生きる意味を見出すことは絶対に必要だ

生きる意味を自分の中に見出そうとしていた日々

かくいう僕は自分の生きる意味というものを
自分の中に見出そうとしていた

僕の中に存在する内なる魂が

僕の人生の指針を決めてくれるのではないか?
と心から信じ

自分に向き合うということをずっとしていた

お前は何がしたいんだ

何のために生きているんだ

と自問自答を繰り返した

けれど、答えは返ってこなかった
返ってこないばかりか

より、ドツボにハマってしまい

ずーーーっと、頭を悩ませることとなってしまった

何か人生の生きる指針を求めるとき
漫画や、ドラマだと

内なる魂の力を使ったりする

俺は〇〇がしたいんだー!
と叫ぶシーンもある

けれど、そういうのって
過去の悲惨な経験や教えから来るもので

過去にとんでもない経験をしていない人には
持ち辛いものである

かくいう僕も、壮絶な過去があるわけでも無く
無難に生きてきた面もあるので
内なる魂の力を解放することはできなかった

僕の中で生きる意味を見つけた瞬間

そして、思い悩む中

僕は生きる意味をどんどん見失っていった

確かに、毎日親や友達と顔を合わせて
それなりの会話をして楽しむことが
人生の生きる意味なのかもしれないけど

今の瞬間を一瞬一瞬楽しむ

くらいにしか考えていないと

いずれ、人生は空虚なもので
何の意味もないものとなってしまう

パチンコをやって、目の前の楽しいことに夢中になり
気づいたら、何も残っていないというような人生となってしまうだろう

パチンコが悪いと言っているわけでは無くて
目の前の快楽、楽しみ、にしか目が行かないと

そこの中毒性が現れて
何もない人生のまま終わってしまうのである

そんな日々を繰り返していると
そりゃ、生きる意味がわからなくなってしまう

だって、僕がそうだったからね

でも、じゃあ、生きる意味を僕がどうやって見つけたのかというと

それはもう
自分の外に意識を向けたことに他ならない

自分の中に生きる意味を探そうとしていた時期から
自分の外に生きる意味を探すようになった

それはちょっとしたきっかけからだった

ネットかなんかの人生相談を見て

「他人のために生きるべき」

というものを見て
外に意識を向けるようになった

あ、そうか

自分の生きる意味って
他人が作るものなのか

と感じた

例えば、生きていく上で
何かしらの活動をするときに

その活動が自分のためであると
永遠に生きる意味がわからなくなってしまう

例えば、俺が楽しみたいからゲームをする

とかね

これじゃ、生きる意味もクソもない

でも、

家族が困っているから相談に乗る

とか

家事を手伝うっていうのは

誰かを助ける、困っている人を救うという
大きな人生の意味を見出すことができる

そして、自分の人生の意味を見出したとき
僕らは幸せになる

優秀な経営者や起業家、成功者の方々が
人のためを考えようとか、人のために生きようとか

口を揃えて話すのは
ここに理由がある

人の幸せを願うと
自分が幸せになるから

他人の幸せを願った生き方をしようというのである

他人のために生きることは同調圧力に屈することとは違う

他人のために生きるというと
同調圧力に屈することと勘違いする人がいる

同調圧力に屈して

みんなが言っているから私もこう考えるとか

偉い人が言っているから従おうとか

そういうのは
他人のために生きるとは言わない

むしろ、自分のために生きているのである

自分には他の案がある
考え方がある
そっちの方がみんなにとって良いと思っている

けれど怖いから
意見を言わない

というのは

周りに合わせて
自分を守っている

すなはち、自分のために生きる生き方をしてしまっている

もし、本当に他人のために生きるなら
正しいと思ったことを素直に話すようになる

それがあなたにとって世間一般から言われる自己犠牲につながったとしても

他人の幸せがあなたの幸せならば
何の問題もないだろう

他人のために生きるから人は力強く生きることが出来る

自分の欲を満たす

自分の名誉や地位を守るために頑張る

そんなことには限界がある

過去に相当のトラウマがあるか
異常人格者でないかぎり

その考え方で力強く生きることはできないし
そんな考え方で勝ち上がっていった人は幸せじゃない

僕は、いままで

二種類の起業家さんと会ってきて

反骨精神型(過去のトラウマから絶対に成り上がってやると決めた人)

社会貢献型(誰かのためにという気持ちを持って、生きている人)

前者の方で100億以上の資産を持っている人とかも
実際に会って、話してきたけど

幸せじゃない

って言っていた

女買ったり、高級車乗り回したり、そんなの全然幸せじゃないって言ってた

まあ、そうだよね

だって、自分のために生きることは
幸せにはつながらないから

逆に社会貢献型の起業家の人たちは
とんでもなくエネルギッシュだし
人生が楽しそうだった

人の笑顔が好きだったり
感謝されることに生きがいを感じているから

仕事そのものが楽しいので
わざわざ女を買ったり、高級車乗り回したりしない

そんなことしなくても満たされているのだ

僕は後者の起業家さん達と関わって学んで
自分でビジネスを組み立てていく中で

はっきり言って

運が良かったと心から感じた

だって、こんな素晴らしいことある?

誰かを幸せにして
自分も相手も満たされて

お互いにwinwinになれる

しかも、お金も稼げるとか

それはそれは素晴らしい

もちろん、一人一人に向き合う必要はあるし
責任が生じる

お金を稼ぐということは
責任が生じるのだ

それは逃げてはいけない

しかし、お金を介したやりとりをすることで
お互いに本気になれて

素晴らしい商品やサービスとなったりする

僕は人にサイトの作り方、ライティングの技術
webマーケティング周りを教えているけど

これは相手が本気になってくれて初めて
真の価値を生じてくれるのだ

だって、いくら教えても
やってくれなければ

何の価値にもならないからね

お金をもらうってのも
相手の人生を変えてあげたい

本気にさせてあげたいという

お客様ありきの考え方なんだよね

ということで

ちょっと話が逸れたけど
他人のために、人のために

という生き方をしていれば
生きる意味なんて無限に見つかるのではないだろか

生きる意味を見つけたいという方へ
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ぜひ見てください

あと、以下の記事も参考まで

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